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学校と公共交通を通じた感染症の伝播

 感染症対策として休校を実施することの根拠について見聞しませんが、フランスの感染症罹患率のデータを利用した研究があります(Adda 2016)。1984年から2010年までの、インフルエンザ、胃腸炎、水ぼうそうの週別の患者数(1300の診療所が対象)をもとに、学校が休暇に入るとそれぞれの病気に感染する確率がどのように変化するかを分析したものです。フランスでは地域によって休みに入る時期が違うので、流行期に(たまたま)早く休暇に入った地区とあとから休暇に入った地区を比べることができます。また、感染率のトレンド(流行初期かピークか)を考慮するために、1週間前の感染者数がコントロールされています。なお、フランスと日本、感染症の種類といった違いがありますので、日本のCOVID-19対策の評価にそのまま応用できないことは言うまでもありません。

インフルエンザの感染率に注目してみると、一人の感染者が同じ地区に住む子供一人を感染させる確率は0.24、大人は0.41、高齢者は0.10です(他地区への感染も考慮すると感染率の合計は1を超えますので、一人の感染者は一人以上の感染者を生み出します)。学校が休暇に入ると、感染率はそれぞれ0.15、0.10、0.01減少します。子供と大人の感染率は大幅に下がっているので、子供だけでなく、彼らを通じて大人が感染することも防いでいることが分かります。

 他方で、高齢者の減少率が小さく誤差の範囲(統計的にゼロと異ならない)なので、休校は高齢者の感染減少に効果がないように思われますが、これには注意が必要です。この研究では休校ではなく休暇の効果を見ているので、休暇に入った子供の家庭では祖父母や親類の家を訪問することが多くなると想像されます。高齢者にとって、若い身内の感染率が下がる一方で、かれらと接触する機会が増えるため効果が小さくなってしまうと考えられます。実際、高齢者の胃腸炎の感染率は学校が休暇に入ると上昇しています。正確に推定できませんが、若い世代と高齢者の接触が増えなければ、高齢者の感染率はもう少し下がるものと思われます。別の見方をすれば、休校の措置とともに、子供が高齢者と接触する機会を増やさないことが、休校の効果を高齢者にも及ぼすために必要だといえます。

 この研究では、公共交通がストライキによってストップしたときの感染率の変化も推定しています。子供の感染率は0.00、大人は0.06、高齢者は0.04減少するという結果が示され、成人への効果が顕著です。しかし、大人の感染率に対する効果が、学校の休暇の効果よりも小さいことは注目に値します。フランスと日本では通勤事情が違いますから、そのまま比較するわけにはいきませんが、学校が休みになることは大人にも大きな効果があることが分かります。そして、公共交通機関の利用を控えることは高齢者の感染率に効果があることが分かります。さらに、天候が悪く外出しづらいときの感染率の変化も推定され、子供の感染率は0.05、大人は0.04減少することが示されています(高齢者は0.01増えますが誤差の範囲です)。悪天候によってどの程度人々の行動が変化するかは未知ですが、外出の自粛要請ほどは変化がないとすると、自粛要請の効果はこれより大きいと考えることもできます。

 この論文では、学校や公共交通機関を閉鎖したときのコストも推定し、それらの対策の便益と比較をしています。これらの作業には多くの仮定が必要であり、インフルエンザとCOVID-19、日本とフランスの違いが大きく影響しますので、参考にならないと思います。ただし、休校で授業時間が少なくなることを前提にすれば、休校は子供の習熟度を下げてしまうので、そのコストの負担が子供に偏ってしまうという指摘については注意を払うべきだと思います。

 この研究では、インフルエンザの感染については
・休校は子供だけでなく大人の感染率も下げる
・高齢者と子供との接触が増えてしまうと、休校の効果が高齢者には及ばない
・公共交通機関の利用を控えると大人と高齢者の感染率が減少する
・外出を控えると子供と大人の感染率が下がると伺われる結果がある
ということが示されていると思います。休校措置については制度設計に改善の余地があるように思いますが、基本的な意義については理解できました。今後の問題は、休校によって子供たちの学習に影響が出ないかということだと思います。特に、学校以外の場所で学習する機会の乏しい子供には、授業日数の減少が習熟度に影響が出る可能性があり、それは最終的に、高校や大学への進学率にも影響するかもしれません(いずれそのような研究が行われるでしょう)。パンデミックという社会全体にかかわる問題に注目するあまり、子供たちの将来の負担が増えないように大人が注意する必要があります。

紹介した文献
Jérôme Adda 2016. Economic Activity and the Spread of Viral Diseases: Evidence from High Frequency Data, The Quarterly Journal of Economics, 131(2), 891–941.

2020年3月12日


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