SSブログ

ジェンダー教育は役に立つのか

はじめに
世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指標において、日本は世界の中でもジェンダー平等の達成度が低い国だと評価されています。世界には、日本以上にジェンダー格差が大きい国もあり、女性が男性と同じように学び、家庭の外で仕事をし、パートナーを自分で選べるという状況にないことも多いです。ジェンダー格差は人々の意識の問題なので、教育などを通じて意識を変える取り組みが必要だと思われますし、私たちも学校でジェンダー平等について何かしら学んできました。しかし、学校でジェンダー平等の重要性を教えることは果たして効果があるのか疑問にも思います。なぜなら、学校で教わったようには家や外では行動できないと思えるからです。インドで行われた実験の結果を紹介します。

※以下の文章の中で、【】で囲まれた部分はやや難しい内容になっています。飛ばして読んでも理解できるようになっていますので、好み応じて選択してください。

背景:ジェンダー教育の意義と疑問
 ジェンダー不平等を解消するために様々な政策やプログラムが検討され、実施されています。女性議員や女性管理職の数を増やす取り組みや、女性の権利擁護など現状の不平等を法律やルールを用いて是正する政策が目立ちますが、人々のジェンダーに対する考え方を変えようとする啓発的な取り組みもあります。前者は強制力をもって短い期間で問題を緩和することが期待される一方で、後者は、人々の自発的な行動を変えることでジェンダー不平等が起きにくい社会を作ろうとするものといえます。
後者の取り組みをジェンダー教育とここでは呼ぶことにしますが、ジェンダー教育は果たして効果があるのでしょうか。日本では、男女平等という言葉は長年にわたって学校で教えられ、特に第二次世界大戦はより積極的に取り組まれてきたように思いますが、今も問題が解消したとはいえません。ジェンダー教育が必要ということに異論は少ないと思いますが、はたして効果があるのか疑問が残ります。

インド北部での実験
 Dhar, Jain, Jayachandranらの研究は、厳しいジェンダー不平等が存在するといわれるインド北部において、中学校でのジェンダー教育の効果を分析したものです。ハリヤーナ州の中学校で、3週間に一回、ジェンダーに関する45分の授業を2年半実施するというプログラムが実施されました。プログラムは学校の先生ではなくNGOの専門スタッフが教えるもので、座学だけでなく生徒たちによる議論も取り入れられたものです。つまり、普段の授業よりも内容の濃い教育が行われたようです。プログラムの終了後に、生徒のジェンダーに対する考え方を確認するとともに、考え方だけでなく行動も変化しているかどうかを知るために、ジェンダー格差が影響しやすい事柄(家事の手伝いや進学など)の実態について回答を求めています。
 ジェンダー教育についての生徒の調査は世界中でたくさん行われていると思いますが、この研究では、教育の効果についてより厳密に、また少し長い期間にわたって分析を行っている点に重要性があります。【まず、対象とした314校のうち150校にジェンダーの授業を行い、残りには従来通りの授業を行います。ジェンダー教育を行う学校はランダムに選び、教育を行っていない学校と比較することでジェンダー教育の効果を知ろうとするものです。この方法は医薬品などの効果や安全性を評価する治験の方法に基づいていますので、その言葉を流用して、教育を行った学校を「処置」を行った学校、比較対照とする学校を「対照」となる学校と呼びます。処置を行うかどうかを各学校の自主的な選択に任せると、ジェンダー教育に熱心な学校ばかりが処置を行うことになり、その結果、教育の効果が過大に推定される心配がありますので、ランダムに実施することが重要です。さらに、一連の授業が終わった直後だけでなく、2年後にも生徒を調査していますので、授業の内容が定着しているかどうかを観察することができます。】

授業が終わった後の生徒の変化
 2年半の授業が終了した後に、女性にとって最も重要な仕事は家事である、男の子により多くの教育を受けさせるべきといった意見について賛成か反対かを尋ねています。驚くべきことに、後者の質問について反対と回答したのは、男子生徒の18%、女子生徒の42%でしかなく、いかにこの地域でのジェンダー認識が偏っているのかが分かります。合計で9つの意見への賛否について集計した結果、教育を行った学校の方が、ジェンダー平等に賛成する生徒が多いことが明らかになりました。また、その効果は女子と男子の間で顕著な差はありませんでした。さらに、家事を手伝うようになったり、姉妹の将来の希望をサポートするようになったという行動の変化も見られました。また、自分の行動(進学や将来の仕事など)を自ら決めることができると回答する女子生徒の割合が多くなりました。
しかし、このような形で効果を測ることは問題が多そうです。調査員を名乗る大人から上記のような質問を受ければ、それらしい回答をする生徒も多いでしょう。この研究では、そのような回答のバイアスを考慮しても、教育に効果があったと報告しています。【調査された人が、社会的に望ましいとされる回答をすることによるバイアスの影響を取り除くことは難しいのですが、この研究では、望ましい回答をしやすい人とそうでない人を見分ける質問を作成し、それぞれのグループで教育の効果を推定しました。望ましい回答をするグループでは全体的にジェンダー平等に賛成する回答が多くなるのですが、処置群と対照群の回答の差(すなわち処置の効果)は、両方のグループで差がありませんでした。このことから、望ましい回答をするバイアスがあっても処置の効果は影響を受けにくいと結論付けています。】

2年後の生徒の意識
 では、こうした効果はその後も持続したのでしょうか。すぐに効果がなくなるようでは教育の意味がありませんから、これは重要な点です。授業が終わってから2年から2年半後に再度調査を行っています。ジェンダー平等に対する考え方は、授業終了直後と大きな違いはありませんでした。しかし男女別にみると、男子の効果は持続していますが、女子の効果が約2/3になっています。また、生徒たちの行動変化についても、女子への効果は男子よりも小さくなっています。この結果について、著者たちは生徒の周囲にいる大人たちが、女子生徒の考えをくじいてしまっているのではないかと説明しています。例えば、ジェンダー教育を受けた女子生徒が、自らの将来について意思決定をするなど行動を変化させようとしても、家族がそれを許さなかったのではないかと推測しています。調査においても、ジェンダー教育を受けた男子生徒は、周囲の大人も女性の社会進出に理解があると楽観的に考える割合が増えるのですが、女子生徒の間では増えません。厳しい現実を目の当たりにしているように見えます。

大人の責任
 この結果は、ジェンダー教育は効果がないととるべきでしょうか。私は、男子が変わったという点に注目しました。もし彼らの意識変化が大人になっても持続するのならば、ジェンダー教育の普及に伴ってジェンダー平等を支持する男性が増えていくはずです。そうすれば女子生徒も自由に行動できるようになります。ジェンダー平等のためのプログラムでは女性の行動変化を手助けする内容が多いと思いますが、それ以上に、女性が頑張らなくても自由に行動できる環境が作られるべきです。そのためには、男性の意識と行動の変化が不可欠です。ですから、男子が変化したという事実は女子の変化が小さいという事実よりも重要だと思います。そこに、この研究結果の希望を感じます。次の課題は、男子の変化が大人になっても維持されるのかどうかです。それは、若い生徒たちよりは考え方を変えにくい大人たちが、若世代の変化を否定せずに、できればさらに成長させるような態度をとれるのかにかかっていると思います。
 授業の終了から2年後、授業を受けた女子生徒は受けていない生徒よりも自分に自信を持ち、高校に進学する人の割合が増えました。また、結婚したいと考える年齢は上昇し、男の子を産みたいと考える人の割合も減りました。効果は大きくはないのですが、周囲がかならずしも理解を示してくれない中で、彼女たちは頑張っているように見えます。


最後にもう一言
 この実験を通じてジェンダー教育を受け、それを実践しようとした生徒は、家庭や学校でつらい経験をしたのではないかと心配します。ハリヤーナ州は保守的な土地柄のようですので、中学生の考えを頭ごなしに叱ったりすることも多いと想像します。賢い中学生は大人が理解してくれないことを悟り、授業と現実は違うと考えて胸の内にしまっていたかもしれません。それを観察することも研究としては必要かもしれませんが、無責任だとも思います。

紹介した文献
Diva Dhar, Tarun Jain and Seema Jayachandran, “Reshaping Adolescents' Gender Attitudes: Evidence from a School-Based Experiment in India,” AMERICAN ECONOMIC REVIEW
VOL. 112, NO. 3, 2022.


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:学校

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。